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Monuments vol.12 - Peadar Kearney's Birthplace

2012.05.05 (Sat)




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ⓒ bonovox45 (January,2012)



シティ・センターの北西、Lower Dorset Street がロイヤル・カナルにぶつかる少し手前にあるこのアパートは、アイルランドの国歌 「Amhrán na bhFiann(Soldier's Song)」の作詞者、パーダー・キーニー(Peadar Kearney)の生誕地です。





Peadarkearney.jpg
Image from wikipedia


この人がパーダー・キーニー。右は息子のピアース。




パーダー・キーニーは、この Lower Dorset Street68番地のアパートで1883年12月12日に生まれました。14歳で学校を退学したキーニーは、文芸復興運動および共和主義運動に没頭してゆきます。18歳でゲーリック・リーグに参加し、21歳になるとアイルランド共和主義者同盟 (IRB)に加入。イースター蜂起ではアイルランド義勇軍のメンバーとして、トーマス・マクドナー指揮の第2大隊に所属し戦いました。



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※ ゲーリック・リーグ(The Gaelic League)


アイルランド語とゲール文化の復興を目的として1893年に創設された組織。ゲーリック・リーグを中心とした文芸復興運動は、やがて統一した政治的ナショナリズムの運動へと引き継がれ、アイルランド義勇軍の結成、イースター蜂起へと繋がってゆく。



※ アイルランド共和主義者同盟 (Irish Republican Brotherhood)


イギリスからの分離・独立を目指し1858年に組織された政治結社。1913年、IRB のメンバーが中心となりアイルランド義勇軍が結成される。



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ⓒ bonovox45 (December,2010)



Lower Abbey Street にあるアビー・シアター。1904年、文芸復興運動の中から生まれた国立劇場です。パーダー・キーニーはウィリアム・バトラー・イエーツやレディ・グレゴリーと共にアビー・シアターの創設に尽力し、時折、端役として舞台にも立っていたそうです。



キーニーはイースター蜂起後の独立戦争にも積極的に参加。その後の内戦では条約批准派につきますが、友人でもあったマイケル・コリンズの死後は政治の世界から遠ざかり、ペンキ職人として人生を送りました。1942年、シティ・センターの西郊外の地区 Inchicore(インチコア)で58歳で死去。





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ⓒ bonovox45 (January,2012)



生誕地のアパート前にある記念碑。色あせてしまってますが、国旗と"Amhrán na bhFiann"(Soldier's Song)の文字。側面には楽譜の最初の一節が刻まれています。





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ⓒ bonovox45 (January,2012)



キーニーは1907年に「Soldier's Song」の詩を書き、友人のパトリック・ヒーニー(Patrick Heeney)と共に曲をつけました。キーニーが作った多くの曲はアイルランド義勇軍の中でアンセムとして歌われていましたが、最も人気があったのが、この「Soldier's Song」です。アイルランド自由国が誕生して4年後の1926年、アイルランド語に翻訳した「Soldier's Song」が国歌として正式に採用されました。ちなみに、それまで国歌として歌われていたのは、以前 こちらのエントリー で書いた「God Save Ireland」です。





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ⓒ bonovox45 (January,2012)



実はこのパーダー・キーニーは前に こちらのエントリー で書いたブレンダン・ビーアンの伯父にあたる人なんですが、ビーアンと違ってあんまり資料がないんですよね…。なので今日のエントリーのソースは、ほぼ全部 wikipedia からのものです。



パーダー・キーニーの作品では、やはり「Soldier's Song」が断トツで有名なんですが、ほかにも「Down by the Glenside」や「Down by the Liffey Side」といった曲を残しており、ダブリナーズやクランシー・ブラザーズのようなフォーク・グループが歌い継いでいます。




「Down by the Glenside」-The Dubliners(ボーカルはジム・マッキャン)









パーダー・キーニーの生誕地と記念のモニュメント、場所は Lower Dorset Street と Innisfallen Parede の交差点です。シティ・センターからはちょっと離れているので、Lower Dorset Street 沿いをたくさん走っているバスに乗るのが便利だと思いますが、歩いて歩けない距離ではありません。



Dorset Street や North Circular Road 周辺には、今回取りあげたパーダー・キーニーのほかにもブレンダン・ビーアン、ショーン・オケイシー、ジェイムズ・ジョイスゆかりの場所が多いので、まとめて見て回る…というのも、またおもしろいのではないかと思います。ただし、歩く時はそれなりに気をつけて。







(2012.5.5)





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