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Monuments vol.7 - The Third Battalion Monument

2012.04.16 (Mon)




今月4月はアイルランド近代史上、最も重要な出来事 "イースター蜂起" のあった月です。今年もイースター(復活祭)である4月8日には、O'Connell Street の GPO(中央郵便局)前で、恒例の記念式典が執り行われました。



記念式典は、その年のイースターの日に合わせて執り行われるんですが、実際にイースター蜂起が起きたのは、4月24日(1916年のイースター・マンデー)から30日にかけてです。



イースター蜂起というと GPO(中央郵便局)での戦闘ばかりクローズアップされがちですが、もちろん GPO だけで戦闘が起きていたわけではありません。ダブリン市内に分散した大隊や中隊が綿密な計画のもと、同時多発的に複数の建物を占拠するという形で、蜂起は始まりました。





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ⓒ bonovox45 (December,2009)



Elgin Road と Herbert Park(いずれもシティ・センターの南東部、Ballsbridge にある道路)の角に、ひっそりと立つハイクロス。これはダブリン旅団第三大隊の兵士たちを記念して建てられたものです。



イースター蜂起の時、第三大隊が派遣されたエリアが、この Ballsbridge 周辺でした。本部として占拠したのは、当時 Grand Canal Street Lower と Macken Street の角にあったボーランド・パン工場 (Boland's Mills)です。



そして、この第三大隊を指揮していたのが…





無題
Image from wikipedia



のちのアイルランド共和国大統領、エイモン・デ・ヴァレラでした。





DSCN2390_20140212191129c02.jpg
ⓒ bonovox45 (December,2009)



なので、除幕したのも当然この人、エイモン・デ・ヴァレラなわけです。除幕された1973年5月13日というと、デ・ヴァレラが大統領職を辞任する直前、90歳の時の事です。





無題2
ⓒ bonovox45 (December,2009)



"1916 年およびそれ以降の年月を通じて、国のために死んでいったダブリン旅団第三大隊の将校・兵士たちに捧げる。彼らすべてが、神の右の座にあらんことを" という一文が彫られています。"神の右の座" とは、キリストがいる場所を意味する言葉。



エイモン・デ・ヴァレラの指揮する第三大隊は、ダン・レアリーから進軍してくるイギリスの救援部隊を食い止め、シティ・センターに入れないようにするという重要な役割を担っていました。



Northumberland Road に設けられた前哨基地(既存の住宅や学校を占拠したもの)では、4月26日に進軍してきたイギリス軍との間で、激しい戦闘が繰り広がられます(Mount Street Bridge の戦い)。



4月29日、総司令官パトリック・ピアースの降伏を受けて第三大隊も降伏。デ・ヴァレラは死刑宣告を受けますが、アメリカ国籍だった事から執行猶予となり、翌1917年には釈放されました。






(2012.4.16)





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